ぱむすけライブラリー

どくしょにっき

Star & Griesemer (1989) “ Institutional Ecology, 'Translations' and Boundary Objects: Amateurs and Professionals in Berkeley's Museum of Vertebrate Zoology, 1907-39”

私の博論の中で最も重要な論文の感想を書きたい。異なる関心を持つ人々がどのようにしたら協働できるようになるのか、というテーマの論文だけれども、Abstractを読んでみると協働のうちでも特定のものに焦点が当たっていることがわかる。


Scientific work is heterogeneous, requiring many different actors and viewpoints. It also requires cooperation. The two create tension between divergent viewpoints and the need for generalizable findings. We present a model of how one group of actors managed this tension. (387)

この論文は科学の営みという協働についてのもので、研究には多様な視点が必要であるとともに、結果を一般化しなければならないという緊張関係をマネジメントする方法をみつけようというものなのだった。これは博論にとってはありがたい話だ。

新しい科学的知識の創造には新しい発見だけでなく、コミュニケーションが必須だ。なぜならば、新しく発見されたモノや方法の意味というのはまだ1つに収斂していなくて、研究者ごとに異なる意味を持ってしまっているから、協働するためには意味の調整作業としてのコミュニケーションが必要なのだ。“how can findings which incorporate radically different meanings become coherent?”(392)という問いが掲げられる。「根本的に異なる意味を取り入れた発見はどのようにしたら一貫性のあるものになるのか?」という問いだ。

このコミュニケーションを促進させるツールとして、手法の標準化とバウンダリーオブジェクトの開発という2つの方法が提案される。手法の標準化の方はわざわざ定義を確認するまでもないが、後者についてはそれが必要だろう。この論文で最も引用されている箇所をここでも引用する。

Boundary objects are objects which are both plastic enough to adapt to local needs and the constraints of the several parties employing them, yet robust enough to maintain a common identity across sites. They are weakly structured in common use, and become strongly structured in individual site use. These objects may be abstract or concrete. They have different meanings in different social worlds but their structure is common enough to more than one world to make them recognizable, a means of translation. The creation and management of boundary objects is a key process in developing and maintaining coherence across intersecting social worlds. (393)

バウンダリーオブジェクトとは、可塑的(plastic)かつ頑健(robust)なモノで、このマネジメントが一貫性の形成・維持には必要であるというのだ。可塑性というのは、オブジェクトを利用する人々の個々の必要や成約に適応できるということ。対して頑健さというのは、別々の人々に利用されたとしてもそこに共通するアイデンティティを保てるということだ。こうした特徴を備えるためには、共通して利用される部分についてはゆるく構造化されている一方で、個々の場面で利用される場合には強く構造化されるようになることが必要である。すなわち、異なる意味を持つが翻訳可能な程度には共通の構造をしているのだ。

 自然史博物館には、科学者とアマチュアパトロン、経営者、大学といった多様な主体が関わっており、彼らのダイバーシティと協調をどのように管理することができるのかを説明するためにバウンダリーオブジェクト理論が導入された。

この博物館に携わる主体は以下に挙げるようにそれぞれ異なる意図を持っていた。まず、科学者は、ダーウィンの自然選択理論の背後にある環境の影響を明らかにするために標本の収集を行いたいという意図があり、そのためには標本についての詳細な情報が必要であった。一方で、パトロンと管理者は、カリフォルニアの消滅しつつある自然を保存したいという意図を持っていた。アマチュアのコレクターはプロフェッショナルの科学的探求に対して役割を果たすことで、彼らの収集の努力を正当化したいという欲求があった。また、狩猟者の関心は、採集した動植物から金銭を得ることにあった。最後に、大学にとっては、地域のカルチャーセンターとして大学の目的に見合うものにしたいという意図があった。

これらの異なる関心を持った集団を協調させるための翻訳活動には2つのものがある。1つは、明確な標準化された手法を開発、教授、施行し、コレクターと狩猟者を訓練することである。ここで重要なのは、「どのように」収集するのかという点は標準化するが、「なぜ」収集するのかという点は個々人に委ねるという戦略である。もう1つは、集団間の自立性とコミュニケーションを最大化できるバウンダリーオブジェクト(e.g. 標本、フィールドノート、ミュージアム、地図など)を生成することで、個々人に委ねられた「なぜ」が発散してしまうのを防ぐことが目されている。

バウンダリーオブジェクトには、レポジトリと理念型、一致した境界、標準化されたフォームという4つの排他的でない類型が示されている。これらは異なった解釈を許すことで個々人の自律性を高めると同時に、共通のゴールと共通理解に向かわせるアンカーとなる役割を持っている。言い換えれば、発散と収束という両義性があるということだ。それぞれの類型について詳述する。

まず、レポジトリとは、標準化された仕方でインデックスされたオブジェクトの秩序だった集積物である。これは、分析単位の差異によって引き起こされる異質性の問題を解決するために構築される。図書館やミュージアムがその例であり、モジュラリティの強みがある。異なる個人は直接に差異について交渉することなしに、彼らの目的のために集積物を使ったり借りたりすることができる。

次に、理念型とは図表やアトラスのようなモノを詳細まで正確に記述しないもののことである。どの個々人からも等しく抽象的なために、誰にとっても平等にあいまいである。このあいまいさゆえに個々の目的のために適切に適応可能であるという性質から、象徴的なコミュニケーションと協働が可能になる。「種」というコンセプトはその一例で、「種」は具体的な標本を記述しないが、具体的または理論的なデータを取り入れることで両者のコミュニケーションを可能にする。

そして、一致した境界とは、同じ境界を有しながら、異なる内容を持つ共通したオブジェクトである。これは、データ収集の方法が異なるとき、または、作業が地理的に分散して行われるときに生じる。個々人の自律性を保ちながら、彼らに共通の参照点を共有させることができる。カリフォルニアそれ自体がこのバウンダリーオブジェクトの一例である。アマチュアとプロフェッショナルではカリフォルニアの地図の内容は異なるが、地理的な境界は共有している。

最後に、標準化されたフォームとは、すでに述べたような分散した個々人の間で共有される手法のことである。この論文の中で、標準化とバウンダリーオブジェクトは並置されていたが、この箇所ではバウンダリーオブジェクトの一種とみなされている。私見では、標準化については、発散と収束のうち後者の機能しかもたないので、バウンダリーオブジェクトとは言えないのではないかと考えている。

以上、抽象的な説明ではあるが、元の論文にできるだけ近い形で四類型の概要を示した。この発散と収束の両義性という機能は、以降の研究では十分に理解されているとは言い難く、前者、解釈の多数性という側面ばかりが強調されているきらいがある。解釈の多数性を許すだけでは協調は発散してしまい、共通のゴールへと向かうことはできないにもかかわらず、どのようにこの共通理解を形成するかという論点は見過ごされがちである。